宇宙と般若心経

ハッブル望遠鏡が知り得た宇宙は、500億年後に消滅するらしい。
その後は、時間も無れば広がりも 無い、光もないが闇も無い、無いということすら無いという混沌の状態になるらしい。
500億年の時間は長いが、宇宙が無くなることの空虚さと恐怖は有限の時間では癒されない。
しかし、137億年まえの宇宙もこの混沌から誕生している。

般若心経の説く「色即是空」とは、物質としての形あるものは絶対的な実体ではなく、
やがては0に 帰するものであり、「空即是色」とは、その0からすべての形あるものがつくりだされるとの考え方 で、現代の科学的な宇宙観に似ている。

どのようにして宇宙は生まれたのか、と言う問いは物理科学が追い求めるテーマだが、科学万能でも 扱えそうにない。
般若心経を手掛かりに宇宙のことを空想しているのだが、不思議なことに空虚さに襲われない。
西国霊場も二度巡ったが、いまだに悟りの欠けらも得ていない。もう一度お参りしてこようかと思っている。

運命に翻弄されるような波乱万丈の人生ではなかったが、神に感謝せねばならぬほどの人生でもなかった。
言ってみれば、沈香も焚かず屁も垂れずに過ごしてきた。人間も、太陽エネルギーの一つの在りようとして存在しているのだから、生死は自然現象だと考えていたが、般若心経にめぐり会って、生命は科学万能で捉えるべきでないという気がしてきた。
西国霊場巡りに持って歩こうと、般若心経の豆本をつくったが本来凝り性のうえ、豆本作りの神髄は凝りに凝ることなので、試行錯誤を繰り返し、目の飛び出るような豆経ができあがった。 皆様方のなかに誰かご奇特な方がおられましたらお願いしたい。
この豆経と共に巡礼していただいて、悟りを開かれたら、その方法をこっそり教えていただけないでしょうか。

留年を繰り返した後やっと就職した会社から、何の因果か再び母校へ研究生として入学させられた。
学校をサボって冬山を登山中、他のパーティの遭難に出くわし、自衛隊に救援を求めたところ新聞に名前がのり、遊んでいることがバレて会社へ連れ戻された。
机のまえの仕事に耐えられず辞めさせて欲しいと願い出たが、“お前にはどんだけ金をかけたか”と言って辞めさせてくれない。
そこで、これは二人の責任であることを縷々説明した。私は期待されながら研究の成果をあげることできなかったが、社長は社長で人を見る目が無かったんだからと、理と情を尽くしてお願いしたところ“そんな言い草があるか”と大雷を落とされたが、やがて茜色の雲がひろがるように許された。
以後40年以上、職人としてさほど語るべき人生のない人生を送っている。